自然の圧倒的なポテンシャル①:火山の物語 - 那須インタープリテーション
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自然の圧倒的なポテンシャル①:火山の物語

自然の圧倒的なポテンシャル①:火山の物語

火山の物語について

那須エリアの地質学的な特徴、火山活動がもたらした自然環境、そしてそれらと人々の暮らしとの密接な関係を総合的に描き出しています。訪れる人々に、壮大な時間スケールで形成された那須の自然の魅力を伝えるとともに、火山と共生してきた地域の歴史や文化への理解を深める機会を提供しています。

火山が生んだ6つの泉質

1400年の歴史を持ち、6つの泉質が味わえる那須温泉は、今もなお、訪れる人々に癒しと独特の自然美を提供する日本を代表する温泉地である。

那須エリアの地形は過去160万年前から幾度となく起こった地球の火山活動を今に伝えてくれています。那須連山は那須火山帯の南端に位置しており、50 万年前に甲子旭岳(1,835 m)で始まった火山活動によって形成されました。約 16,000 年前の噴火により、カルデラに茶臼岳(1,915 メートル)ができました。現在、茶臼岳は那須連山の中で唯一の活火山であり、驚くべきことに、現在の形状が形成されたのは最近のことなのです。茶臼岳の火口から流れ出した安山岩はすぐに固まり、今日見られるむき出しの頂上部分を形成しました。茶臼岳の西側の山頂付近と、南麓の「殺生石」付近に噴気孔(火山噴出孔)があります。噴気孔からは、約 90℃の非常に高温の亜硫酸ガスが噴出しており、山頂近くの亀裂部分は、「無間地獄」として知られています。
那須温泉郷は、この活火山に由来して多様な温泉を楽しめる温泉地で源頼朝、松尾芭蕉、日蓮聖人が入ったと言われています。特に1300年続く栃木県最古の温泉『鹿の湯』や映画のロケ地(テルマエロマエ)ともなった『北温泉』は日本を代表する湯治場です。『鹿の湯』は郡司の狩野三郎行広が狩りをしていて射損じた白い鹿を追いかけ、現在の鹿の湯あたりという谷に分け入ったところ、自ら温泉の神と名乗る白髪の老翁が現れ、鹿はこの先の温泉で矢傷を癒している、万病に効くその温泉を広く世に知らせるよう告げたそうです。発見した温泉を『鹿の湯』と名付けました。白髪の老翁を温泉神社とした社を建立し、鹿角を奉納したと言われています。温泉神社では鹿の湯の発見者:狩野三郎行広も祭られており、本殿の太鼓には鹿の角をモチーフとした卍をひっくり返した模様が描かれています。
歴史ある温泉街では、源泉掛け流しの温泉や、自然を活かした露天風呂が楽しめ、酸性からアルカリ性まで幅広い6つの泉質が揃う那須十二湯が特徴です。1400年の歴史をもち、栃木県最古の温泉として、また、江戸時代の温泉番付で2位(東の大関)でもあった、古より多くの人々に癒しと心の支えとなって来た、日本を代表する温泉地として、今もなお、訪れる人々に癒しと独特の自然美を提供しています。

火山により生み出された地形

那須エリアの地形は、1億年以上前からの地球の営みと、それらが人の営みの基礎になっていることを今に伝えている。

那須の地形は、古くは1億年以上前に海底で堆積した地層が造山運動で陸になった八溝山地があり、その後は、今の福島県側から宇都宮方面に大きな川が流れ、那須野が原付近には大きな湖がありました。
その後、160万年前に、今の福島県会津地域で始まった火山活動により、幾度も大噴火と火砕流を起こし、120万年ほど前には、栃木県側にも流下し、あたり一面100mを超える厚い火砕流堆積物で覆われました。これが、芦野石です。那須高原の地下にも広く厚く分布しています。その後、50万年ほど前、甲子旭岳、30万年前に三本槍岳、20万年前に朝日岳、南月山、1万6千年ほど前に茶臼岳が噴火し、おおよそ、今のような姿になり、一番最近の噴火は室町時代の1408~1410年に、現在の山頂付近で溶岩が噴出しました。
芦野石は、芦野地区で産出され、耐久性と耐水性能が優れ、古くから神社仏閣の基礎や階段、塀、蔵、墓石など多様な用途に使用され、栃木県の大谷石と並ぶ名声を得ました。芦野地区にある隈研吾氏設計の「石の美術館」など、現代建築にも活用されています。芦野地区を訪れ、那須連山より古くから存在する芦野石に直接、触れることで、地球の大きな流れを感じていただくことができるとともに、那須岳が比較的新しい時代に創り出されたからこそ、地形等の厳しさにより、明治の開拓では手が付けられず、その後の戦後の開拓の苦労につながっていることが推察されるなど、那須エリアの自然・歴史・暮らしの基礎に、地球の営みがあることを教えてくれています。また芦野石の特徴でもある年月とともに風格を重ねる表情は、その歴史さえも伝えているのかもしれません。

厳しくも恵みをもたらす母なる山

那須連山は、古より、那須に生きる動植物や人々にとって、厳しくも恵みをもたらす母なる山である。

日光国立公園の1/3を占める那須連山は、現在も噴煙を上げる茶臼岳をその象徴とし那須連山の総称「那須岳」として地元から親しまれています。この活火山が古からの噴火を続けることで、多様で美しい山容や湿原の風景が作られ、雄大な大自然を感じることができます。特に、火山の影響により森林限界が低く高山帯の荒々しい雰囲気やその分眼下の関東平野の眺望を楽しめる山頂景観から、共同利用模範牧場(日本遺産)の那須連山をバックにした草原景観などに代表される、広大な緑の裾野がゆるやかに広がる景観の対比や、裾野に目を移すと、酪農や農業、人の営みと自然が近いことが、四季折々の風景と相まって、那須らしい独特の空気感を生み出し、訪れる人々を癒します。
また、火山活動は、豊富な温泉を生み出すと共に、動植物の生息にも影響し、春は火山性の植生を代表するツツジ類の大群落、秋には鮮やかな紅葉が、場所と標高を変えながらロングランで楽しめるのも那須の特徴です。他にも、昭和天皇が発見されたナスヒオウギアヤメや、板室の野生ホタルの乱舞、アカバナシモツケソウやガンコウラン群落などの希少な高山植物、秋の登山道沿いのリンドウ類、冬は雄大な雪稜とふもとからも見える火山噴煙など、大自然が作り上げた四季折々の風景を挙げれば枚挙に暇がありません。また、これら希少な植生が、関東の中では比較的シカの被害が少ない場所として、今後、ますます重要性が増すことが想定されます。
那須連山の火山と気候は、豊かな自然や温泉だけでなく、命を育む水をもたらし、米・野菜・乳製品などの食や、酪農業や観光業など人々の暮らしにも深く結びつき、古くは山岳信仰など、文化や芸術を育む重要な源ともなり、今もなお、この地に暮らす人々は、一日一度は山の様子をうかがうなど、那須連山と共に暮らしています。
また、古くからみちのくと関東の境界を形作る山域として、文化や交流の結節点としても、重要な役割を果たして来ました。

地球の息吹を感じる登山

那須岳登山は火山のパワーを感じさせ地球の脈動と火山活動によって作られた地形にふれることができる登山である。

那須岳(茶臼岳)は、今なお活発に活動を続けている活火山であり、地球の息吹ともいえる大地のパワーや火山のエネルギーを感じさせてくれます。那須岳を登山すると、その火山のエネルギーを伝えてくれる場所がいくつもあります。
そのひとつが、硫黄鉱山跡です。那須岳の硫黄鉱山の歴史は古く、江戸時代から硫黄とミョウバンの採掘で有名な山でした。那須岳で採掘された硫黄は、火薬の原料として利用され、黒羽藩が江戸幕府に提供していました。のちに硫黄の運搬風景は観光名所にもなり、昭和30年頃まで(昭和40年代半までという情報もあり??)採掘が続けられ那須の人々の生活を支え、那須湯本温泉街も活気であふれていました。
もうひとつは、今でも熱い噴気が噴出している噴気孔です。ゴォ―というまるでジェット機のような音とともに、まさに、火山を肌で感じられる現象です。火山ガスにより草木が生えない有様から「無間地獄」とも呼ばれています。
いたる所から噴気が噴出し足元に硫黄の結晶が広がっている様子だけでなく山中にあるボコボコと音を立てて湧き出す源泉の湧出など、今もなお、火山が生きていることを感じさせてくれます。
こうした現象は、山頂付近だけではありません。殺生石や鹿の湯など那須湯本温泉周辺に漂う硫黄のにおいも、地球の息吹を感じることができるひとつの体験です。